時の音 -6

繰り返される時間

コーヒーメーカーから立ち上る芳醇な香りは、達也を、ついさっきまで体験していた非現実的な激震から、現実の穏やかな昼休みに引き戻した。しかし、彼の心臓はまだ高鳴っていた。彼の目の前には、何も知らない大山が、マグカップを片手に立っている。

「大丈夫か、うなされていたようだったぞ。」
大山はコーヒーを啜りながら言った。
達也は一瞬、全てを正直に話してしまおうかと思った。地震のこと、写真のこと、時間が逆行したこと。しかし、そんな話をしたところで、大山は冗談だと笑うか、疲労による精神錯乱だと心配するだろう。

「ああ、悪い。ちょっとぼーっとしてた。」達也は平静を装い、一口コーヒーを飲んだ。
「さっき、店の前を通ったんだけどさ。路地裏に『時の音』って小さな骨董屋があって、ショーウインドウにすごい仕掛けがあったんだ」
達也は、未来の記憶をなぞるように、水道管のない蛇口から水が流れるトリックを説明した。

大山はすぐに食いついた。
「なんだそれ! 不思議だな。どういう原理だ?」
「透明なパイプだよ。水がパイプを上がって、蛇口から溢れ出て、パイプの外側を伝って下に流れる、循環の仕組みだ」達也は、前回とは違い、最初から種明かしをした。
大山は一瞬がっかりした顔をした後、すぐに感心に変わった。「なるほどな、錯覚か。面白い発想だ。それはもう一度見てみたい。で、それだけか?」
「いや、中に入ったら、もっとすごいものを見たんだ」達也は声を潜めた。「古い置き時計なんだが、中身が空っぽなのに動いているんだ。ゼンマイも電池もない」

達也は、敢えて「もう一度一緒に行こう」という誘いはしなかった。
前回の記憶では、大山を誘ったせいで、達也は昼休みに一人で再訪する機会を失い、翌日まで待たなければならなかった。できるだけ早く再度骨董屋に行きたい。

「へえ。それは本当にヤバいな。電気的なトリックじゃなく、永久機関みたいなものか? 見てみたいもんだ」大山は乗り気になりつつも、「まあ、今日はもう昼めしだろ」と時計を見た。
「そうだな。じゃあ、俺、もうちょっとだけコーヒー飲みながらアイデア練るわ。」達也はそう言って大山を戻らせた。

休憩所に一人残された達也は、心の中で戦術を練った。
• 目標: 置き時計の起動、真鍮のキーの入手、写真の確認。
• 既知の事実:
・・この日の午後、店主は達也に時計を見せる。
・・店主は「気のせいかもしれないが、時計の動きがおかしい」と言って、達也を帰らせ、店を早仕舞いする。
・・達也が帰った後、時計は店主の手で、あるいは何らかの要因で停止、もしくは隠されるため、夜以降はシャッターが閉まっている。
・・最重要: 鍵穴は、時計を傾けたときに裏側にあった。キーは地震後に奥の棚の木箱にあった。

達也は、前回と同じ行動を繰り返すわけにはいかなかった。今回は、店主が早めに店仕舞いをする前に、時計を起動させる必要がある。
達也はすぐさまマグカップを置き、休憩所を出た。午後の仕事に戻るふりを装い、エレベーターではなく非常階段に向かう。オフィスを抜け出し、路地へ向かう足は前回よりもずっと速かった。