時の音 -11

階段を下りると、そこは湿気を含んだ石造りの地下室だった。部屋の中央には、古びた石のテーブルがあり、その上には、あの置き時計が置かれている。

時計は、地下室の冷たい空気の中で、カチカチカチ……と静かに時を刻んでいた。
そして、その石のテーブルの脇には、一冊の分厚い革張りのノートが開かれたまま置かれていた。

「これだ」達也はノートに駆け寄った。
ノートのタイトルは、達也の未来の記憶と符合する達也の家族の筆跡で、達筆な文字で記されていた。

【時の音の記録】
そして、開かれた最初のページには、美しい挿絵と共に、あの蛇口のトリックと、時計の原理についての手書きの解説図が描かれていた。
そのページの下部に、達也の探していた「鍵」についての記述があった。
「…時の時計は、真鍮製の鍵では動かない。鍵は、起動の引き金に過ぎず、時計の針を進める力ではない。この時計の歯車は、時空を捻じ曲げる力を生み出す、ある生命の感情を燃料とする…」
「生命の感情?」大山が覗き込み、眉をひそめた。

達也は、その記述のすぐ下に、小さく記された一行を見つけた。
「『愛』。それこそが、時を動かす本質。それを失いし時、時を戻すには、『失われた愛の証』が必要となる」
「失われた愛の証……」達也が呟いた瞬間、時計の文字盤の光が強くなり、歯車が激しく軋む音を立て始めた。

達也は、自分が何度も原点に送り返された理由を悟った。時計は、ただのキーでは動かない。動かすためには、彼の家族の歴史に深く関わる、感情的な「証」が必要だったのだ。

達也は、地下室の隅に、一枚の木の板が立てかけられているのを見つけた。それに触れた瞬間、達也は強烈なデジャヴュを感じた。
それは、地震の時に落ちていた、自分そっくりの男が写った写真を飾っていた、あの写真立ての裏側の板だった。
この木の板こそが、愛の証なのか。

達也がそれを手に取り、ノートに書かれていたように、時計に近づけた、その時。
地下室の上の階段から、足音が聞こえた。
「まさか……店主か?」達也と大山は身構えた。
しかし、階段から降りてきたのは、見覚えのない、中年の女性だった。その女性は、達也と大山を見て、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

「やはり、あなたがここに来たのね。達也」
女性は、達也の名前を呼んだ。
「あなたは……誰ですか?」
女性は、木の板を持つ達也の手元を見つめ、静かに答えた。
「私は、この時計の秘密、そしてあなたの家族の秘密を知る者。そして、あの写真に写っているあなたと、ここで再会するためにずっと待っていた者よ」