(第四部:聖徳太子の回覧板と大化のゴミ出し)
第一章:飛鳥時代のクリップボード
「さあ佐藤くん! 割り箸をへし折って怒っている場合ではない! この『聖徳太子の回覧板』が本物である証拠を、今から論理的に説明しようではないか!」
第三歴史学研究室。右足に下駄、左足にローラースケートという奇天烈な装備のまま、今野教授は机の上にドンと薄汚れた木の板を置いた。 板の上部には、紙を挟むための銀色の金属製クリップ(バインダー金具)が、サビだらけになりながらもしっかりとビスで留められている。
「……教授。百歩、いや一万歩譲って、飛鳥時代に町内会があったとしましょう。でも、この上についてる金属のクリップ、どう見ても昭和以降の文房具ですよね。バネ入ってますよ、バネ」 助手の佐藤は、完全に冷めきった声で指摘した。
「甘い! 佐藤くん、君は飛鳥時代の金属加工技術を舐めている!」 今野教授はバシッと机を叩き、埃を巻き上げた。 「いいか? 聖徳太子は法隆寺を建てた男だぞ! 建築技術の粋を集めれば、鉄のバネなど朝飯前! むしろこのクリップこそ、太子が大陸から極秘に輸入したオーパーツ『飛鳥式挟み鉄(あすかしき・はさみがね)』なのだ!」
「飛鳥式挟み鉄。またダサい名前を……。で、その板に挟まってる和紙に、何て書いてあるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた! ここには、日本史の根底を覆す衝撃の事実が記されているのだ!」
第二章:大化の改新はご近所トラブルだった
今野教授は虫眼鏡を目に当て、芝居がかった声で和紙のくずし字を読み上げ始めた。
「『飛鳥村第一町内会の皆様へ。最近、ゴミステーションの使い方が非常に悪いです。特に、蘇我(そが)さんのお宅! 先週も燃えないゴミの日に、大量の木簡(もっかん)とワラ人形を出していましたね。カラスが散らかして大変迷惑しています』……」
「……」 佐藤の顔から一切の表情が消えた。
「『……このまま蘇我さんがゴミ出しのルールを守らない場合、次回の町内会費の集金時に、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)が実力行使に出ます。カラス除けネットの当番もサボらないでください。 町内会長・聖徳太子より』……!!」
教授は読み終えると、天を仰いでブルブルと震えた。 「なんということだ! 蘇我入鹿が暗殺された『乙巳の変(大化の改新)』! あれは天皇中心の国づくりを目指した壮大な政治クーデターではなかった! 単なる、度重なるゴミ出しルール違反に対する、町内会のキレた若者たちによる制裁だったのだ!」
「そんなスケールの小さい大化の改新があるか!!」 佐藤はついに叫んだ。 「だいたい聖徳太子は、大化の改新の何十年も前に亡くなってますよ! 時系列がムチャクチャです!」
「馬鹿者! 偉大なる町内会長の意志は、死してなお回覧板という形で受け継がれていたのだ! ゴミの分別は国造りの基本! これぞ『十七条の憲法・第十八条:ゴミは水気を切って出すこと』の真実だ!」
第三章:町内会クーデターの実証実験
「よし、佐藤くん! 学会発表に向けて、実証実験だ! ゴミ出しの恨みがどれほど人間を狂わせるのか、そして大化の改新がいかにして起こったのか、我々の手で再現するぞ!」
一時間後。 佐藤はまたしても大学の中庭に引きずり出され、今度は「透明な45リットルの家庭用ゴミ袋」を頭からすっぽりと被らされていた。(※息ができるように顔の部分は大きくくり抜かれている)。
「教授……なんで僕はいつも悪役なんですか……しかも今回はただのゴミじゃないですか……」 「文句を言うな! 君は今から、分別を無視して捨てられた『蘇我入鹿の不法投棄ゴミ』だ! そして私が、度重なるルール違反にブチギレた中臣鎌足である!」
見ると、今野教授は烏帽子(えぼし)を斜めに被り、手には「カラス除けの黄色いネット」を巻き付けた竹刀を構えていた。下駄とローラースケートのアンバランスさで、プルプルと生まれたての子鹿のように震えている。
「さあ、覚悟しろ蘇我入鹿! ペットボトルのラベルを剥がさずに捨てる大罪、万死に値するわ! そーれ、大化の改新アタック!」 「痛い! ネットが顔に擦れて痛い! そもそもペットボトルなんて飛鳥時代にないでしょうが!」
中庭で、家庭用ゴミ袋を着た若者を、カラス除けネットを振り回すローラースケートの教授が追い回すという、前衛的すぎるSDGsの啓発活動のような光景が展開されていた。 通りすがりの学生たちは「またあの研究室か……」と悟った顔で、大きく迂回して歩いていく。
第四章:エリートの環境査察
「……君たち。日本の歴史の前に、まずは自分たちの脳内環境の分別をした方がいいんじゃないかな?」
その時、絶対零度の冷気とともに美声が響いた。 ピタリと動きを止めた二人の視線の先には、イタリア製スーツを完璧に着こなした隣の研究室のエリート、西園寺教授が立っていた。彼は「やれやれ」と首を振りながら、今野教授の胸ぐらに挟まっていた『聖徳太子の回覧板』をスッと抜き取った。
「おお、西園寺くん! 見たまえ、大化のゴミ出しの実証実験だ! 私は飛鳥時代の町内会の闇に……!」
西園寺教授は、無言で回覧板のバインダー金具(クリップ)の裏側を指差した。
「……今野くん。君の言う『飛鳥式挟み鉄』の裏側だがね。とても見慣れた、そして極めて現代的な印字があるよ」
「な、なんだと? まさか、百済(くだら)の鉄職人の極秘のサイン……!」
西園寺教授は、冷酷な笑みを浮かべて宣告した。
「『MADE IN TAIWAN PAT.NO.123456』」
中庭に、シベリアの永久凍土をさらに通り越した、宇宙空間のような真空の沈黙が降り注いだ。 飛鳥時代の金属加工技術は、海を越えて台湾の特許を取得していたらしい。
「……そもそも、和紙の裏に『〇〇スーパー特売チラシ』の文字が透けて見えている。」 西園寺教授は回覧板をヒラヒラと今野教授の顔面に叩きつけ、優雅な足取りで去っていった。
結末:歴史は不燃ゴミ箱の中へ
夕暮れの第三歴史学研究室。 ゴミ袋を脱ぎ捨てた佐藤は、無言でコンビニの割引弁当(幕の内)をつついていた。
部屋の隅では、烏帽子を被ったままの今野教授が、カラス除けネットに絡まって蓑虫(みのむし)のように床に転がっている。 「……なぜだ。私の歴史的直感は完璧だったはずなのに。中大兄皇子がゴミステーションを掃除する姿が見えたというのに……」
佐藤は卵焼きをかじりながらため息をついた。 「だから言ったじゃないですか。五百円で飛鳥時代の真実が買えるわけないんです。もう諦めて、明日の『平安京の都市計画』のまともな講義準備をしてください」
「……」 無言のまま、ネットに絡まった今野教授がモゾモゾと芋虫のように這い上がってきた。 その目は、なぜか再びギラギラと、不屈の闘志(という名の狂気)を取り戻している。
「……佐藤くん。実はね、あの胡散臭い骨董屋から、帰り際にもう一つ、タダで譲り受けたものがあるんだ」 「……タダより怖いものはないって知ってますか」
今野教授は、懐から「プラスチック製の赤い筒」を取り出した。筒の側面には、何やら細かい文字がびっしりと書かれている。
「見たまえ! これこそ真の世紀の大発見だ! **『紫式部が源氏物語を執筆する際に使っていた、平安時代のスティックのり』だ!」
「……」 佐藤は幕の内弁当のフタを静かに閉じた。
「ほら、見てみろ! ここに『ピエ◯』って書いてある! 紫式部は紙を糊付けしながら、光源氏のドロドロの恋愛模様を継ぎ接ぎしていたのだ! これぞ平安文学の真の接着剤……!」
「教授」 佐藤は静かに立ち上がり、窓を開けた。 「とりあえず、その糊で僕の目と耳を完全に塞いでもらえませんか。もう何も見たくないし、聞きたくないんです」
懲りない三流学者と、精神的限界を迎えつつある助手の果てしない歴史探求は、明日も明後日も、絶望的なまでに続いていくのである。

