観察者 – 2

第2章 会合

【幹事:海老名】

 今日は月に一度の「会合」の日である。  

海老名は準備室に入ると、慣れた手つきで空中のインターフェースを操作した。準備室の中央にある三次元映像装置が起動し、あの「入口も窓もない灰色のビル」が、青白い光の粒で精巧に復元される。

映像は視覚だけでなく、質量を持ったフォースフィールドとして触れることもできる。海老名は、その冷たい光の立体像を、愛おしげに指でなぞった。

「さて、今日の集合場所は……この座標にしよう」

彼は低く呟くと、準備室を出て、無機質なエレベーターホールの前に立った。

このエレベーターは、ビルの外壁を移動するゲージだが、外からは決して見えないように偽装されている。壁面の一部が流動し、音もなく彼を吞み込んだ。彼は地下へと降りていく。地上の雑多で不潔な熱気とは無縁の、管理された冷涼な世界へ。

【観察者:長友】

 長友は、手に持っていたビールグラスをテーブルに置いた。

ふと、ディスプレイの隅に映ったノイズのような動きが気になったからだ。

「そうか、地下からか……」

彼は独り言ちると、再び高倍率カメラの焦点を灰色のビルに合わせた。

その無機質な壁面を、丹念に、上から下へと舐めるように辿っていく。そして、見つけた。  ビルの足元、コンクリートの地面スレスレの場所に、わずかな色の違いがある。それは、ごく小さな四角いグリットのような歪みだ。いや、よく見ると、それは単なるグリットではなく、何かの幾何学的なマークのようにも見える。

その時、ビルの壁面にあるはずのないエレベーターのような影が、地下へと沈んでいくのが映った。 「面白い。やはり、あの散歩の男も、この地下へ消えたのか」

長友の胸に、久しく忘れていた純粋な好奇心が湧き上がった。

この退屈で予測可能な日常に、あの灰色のビルが変化を与えてくれるかもしれない。

【傍観者:間宮】

 今日もまた、容赦のない夏だ。  

コンクリートの照り返しが、まるで地面から熱湯が湧き出ているかのように、足元の景色を揺らしている。  

ぼんやりと空を見上げると、超高層ビルのガラス壁が、太陽光を反射して眼を射た。

間宮は、その頂から、巨大なレンズがこちらを向いているような、奇妙な視線を感じた。 「……見られている」  

確信にも似た冷たい感覚が、汗ばんだ背筋を走る。  

間宮は視線を足元に戻した。

あの入口のないビルの近くまで来た時、彼は足元の乾ききったコンクリートに、小さな「水滴の跡」が不規則に並んでいるのを見つけた。  

この炎天下で、水が残っているはずがない。  

――いや、違う。これは結露だ。  

地下から、強烈に冷えた何かを地上へと通過させた痕跡だ。  

間宮はその点を追って、ビルの一角まで来た。熱で揺らめく空気の向こうに、人影が見える。半透明の幽霊のように、何もない壁に吸い込まれていく男たち。

彼らが消えた後、間宮はその足元にあるグリッドにそっと触れた。冷たい。灼熱のコンクリートの中で、そこだけが異常なほど冷え切っていた。金属の冷たさが指先を痺れさせる。  

そして、蓋の隙間から、微かな音が漏れてくるのを聞いた。 「……コツ、コツ、コツ……」  それは、時計の音。あるいは、世界の心拍のような、規則正しく、残酷なまでに正確なリズムだった。

(続く)