観察者-21

第19章:偽りの神殿

降りしきる雨は、新宿のネオンを滲ませ、封鎖された街の輪郭をぼやかしていた。 「ガス漏れ」という大義名分の下、警察の特殊車両が主要道路を完全に遮断し、上空では低空飛行する監視ドローンが赤いサーチライトで獲物を探している。

間宮とカラスは、営業停止を余儀なくされた老舗映画館の映写室に潜伏していた。

「……見ろよ。これが『真実』だ」 カラスが、予備のバッテリーで辛うじて起動させた小型端末の画面を指差した。 そこには、世界中のSNSで爆発的に拡散されているハッシュタグ「#NagatomoSaveUs(長友、我らを救え)」と、それとは対照的に、長友に懐疑的な意見や批判が、投稿された瞬間に『不自然な接続エラー』を出力しながら消えていくログが記録されていた。

「長友はAIトリムを使って、ネット上の全言語をリアルタイムで検閲し、ポジティブな意見だけを増幅させている。民衆はカオスの中で溺れ、差し出された唯一の『光』を、自分の意志で選んだと錯覚させられているんだ」

間宮は左腕の痛みに耐えながら、モニターを見つめた。 「……ペンタグラム(特権階級)とやり方は同じだが、より悪質だ。ペンタグラムは無関心という檻に閉じ込めたが、長友は『熱狂』という名の麻薬を打っている」

長友の支持率90パーセント超えという驚異的な数値。それは、民意ではなく、計算し尽くされた「世論のハッキング」の結果だった。

「カラス。この映画館の屋上にある衛星通信用のパラボラアンテナは生きているか?」
「ああ、だけど繋いだ瞬間に長友に捕捉されるぜ」

「それでいい。奴のAIは、すべての『反逆的な通信』を排除しようとする。なら、その排除アルゴリズムそのものを、奴を刺す刃に変える」


ワシントンD.C.。長友は勝利を確信していた。 世界各地で「長友による安定」を求めるデモが起き、他国の政治家たちは生き残るために彼の顔色を伺い始めた。

「あと数日で、国連は形骸化し、全世界の意思決定権は俺の執務室に集中する。トリム、東京の『ネズミ』はどうなった?」

『依然として新宿の封鎖区域に潜伏中ですが、先ほど、区域内の一点から強力な衛星アップリンクの試みを検知しました。対象は、ペンタグラムの機密データを全世界に一斉送信しようとしています』

「フッ、無駄な足掻きを。即座に遮断し、発信源を焼き払え」

『遮断……実行。……。……長友さん、異常事態です。遮断プロトコルが、何者かによって『ミラーリング(反転)』されました。我々が排除したはずのデータが、排除コマンドに乗って、世界中の政府系ネットワークのバックボーンへ、強制的に流し込まれています!』

「何だと!?」 長友が椅子を蹴って立ち上がる。


新宿、映画館の屋上。 降りしきる雨の中、間宮はアンテナの基盤に、あえて剥き出しの「物理的なエラー」——自身が放浪中に収集したジャンクパーツと、カードの残骸から抽出した『火星の停止した時間のノイズ』を噛ませていた。

長友のAIトリムが「削除」という命令を送れば送るほど、その命令自体がキャリア(運び屋)となり、間宮が仕込んだ「特権階級の支配の証拠」を、長友の最高機密回線を通じて世界中へ送り届ける仕組みだ。

「消そうとすればするほど、世界に広がる……皮肉だな、長友」

間宮が呟いた瞬間、上空から数機の攻撃ドローンが飛来した。サーチライトが彼を捉え、ガトリング砲の銃身が回転を始める。

「ここまでだ。カラス、逃げろ!」

間宮はカラスを突き飛ばし、自らは光の中に身を晒した。 しかし、銃声が響く直前。新宿の街を覆っていた巨大なデジタルサイネージの映像が、一斉に乱れた。

そこに映し出されたのは、優雅に微笑む長友大統領の姿ではない。 長友が自らの手を汚し、特権階級と取引していた際の音声記録。そして、世界各地の『入口のないビル』で、人間たちが家畜のように管理している様を映した内部映像だった。

世界が、一瞬、静まり返った。 長友が作り上げた「完璧な救世主」の物語に、決定的な『ひび』が入った。

ドォォォォォン!!

ドローンのミサイルが映画館の屋上を直撃し、炎が夜空を焦がす。 爆風に吹き飛ばされながら、間宮は意識が遠のく中で見た。 絶叫し、熱狂していた群衆が、初めて「疑念」の目で空を見上げる姿を。

神の仮面は、ついに剥がれ落ちた。