第21章:特異点の跳躍
新宿の空が、衛星兵器「ロンギヌス」の放つ青白い死の光によって引き裂かれていた。光が地面を穿つたびに、数トンのコンクリートが音もなく塵となり、衝撃波が間宮とカラスの鼓膜を激しく揺らす。
「おっさん、カードが! カードが燃えてるぞ!」
カラスが悲鳴のような声を上げた。間宮の掌の中で、完全に沈黙していたはずの「削れたカード」が、衛星兵器の空間干渉波を吸収し、不気味なほどの深紅に輝いていた。それはもはや記録媒体ではなく、純粋なエネルギーの「穴」と化していた。
「……長友の奴め、ペンタグラムの技術を無理やり兵器に転用しやがったな」
間宮は激痛に顔を歪めながら立ち上がった。カードから発せられる高次元の熱が、彼の皮膚を焦がしていく。だが、その熱の伝達こそが、長友の居場所——ワシントンD.C.の地下バンカーへ直結する空間の「綻び」だった。
「カラス、俺の体に掴まれ! 離すなよ!」
「はぁ!? まさか、その光の中に飛び込む気かよ!」
「これしかない。奴が空間を歪めて攻撃してくるなら、その歪みを逆に辿って、奴の喉笛に食らいつく!」
上空から、次なる光の柱が降り注ぐ。ターゲットは、まさに彼らが立っている地点だ。間宮は迷わず、足元に広がる空間の歪み——赤いノイズが渦巻く「穴」へと身を投げ出した。
ワシントンD.C.、ホワイトハウス地下。 大統領・長友は、狂気と恍惚が入り混じった表情で、モニターを見つめていた。
「消えろ、消えてなくなれ! 秩序に従わぬ者は、この世界のピクセルから削除してやる!」
長友が「ロンギヌス」の発射ボタンを乱打するたび、ディスプレイの向こう側で東京の街が削り取られていく。AIトリムの警告アラートが鳴り響いているが、今の彼には届かない。
『警告。空間干渉波の逆流を検知。衛星軌道上のミラーが、未知のシグネチャーによる「座標置換」を受けています。長友さん、直ちにシステムの接続を解除してください!』
「何だと……? 座標置換だと?」
その瞬間。 大統領執務室の正面、誰もいないはずの空間がガラスのように砕け散った。
激しい放電と、焦げた土の匂い。 赤い閃光とともに、二人の男が床に転がり落ちた。血まみれのコートを纏った間宮と、腰を抜かして震えているハッカーのカラスだ。
「……ま……間宮……!?」
長友は、手に持っていたワイングラスを床に落とした。 世界で最も堅牢なホワイトハウスの地下バンカー。いかなる軍隊も、いかなるハッカーも突破不可能なはずの聖域に、あろうことか「東京の新宿」から、一瞬で男が跳び込んできたのだ。
「……ハァッ、ハァッ……。……チェックメイトだ、長友」
間宮は、火傷を負った右手で、ゆっくりと「削れたカード」を長友に突き出した。 カードは、最後のエネルギーを使い果たしたかのように、砂となって間宮の指の間からこぼれ落ちていく。
「貴様……どうやって……!」
長友は慌ててデスクの引き出しから自動拳銃を取り出そうとした。だが、間宮の動きの方が早かった。間宮はかつての「神の動き」ではなく、ただの人間の、しかし執念に満ちた泥臭いタックルで長友を押し倒した。
「やめろ! 俺を殺せば、この世界の秩序は完全に崩壊するぞ! 全世界の核ミサイルのスイッチは、俺のバイタルサインと連動しているんだ!」
長友が醜く喚く。 だが、間宮は長友の胸ぐらを掴み、その冷酷な「観察者」の瞳を真っ向から見据えた。
「秩序だと? お前がやっているのは、ただの虐殺だ。……火星と同じ死の世界を、俺は二度と作らせない」
間宮は、倒れた長友の背後にあったメインコンソールに、カラスから手渡された「最後のストレージ」を叩き込んだ。
それは、長友がひた隠しにしてきた「特権階級との全取引ログ」と、彼が世界中で行ってきた「世論操作の全アルゴリズム」。 そして何より、特権階級の神殿——あの「入口のないビル」の全貌を暴く、真実の爆弾だった。
「世界中に、送信しろ……!」
間宮の叫びとともに、カラスがエンターキーを叩いた。 全世界のスクリーンに、長友が「神」として君臨するために積み上げてきた、血塗られた嘘が、今度こそ逃げ場のない真実として溢れ出した。
長友の「新世界」という名の砂の城が、足元から音を立てて崩れ去っていく。

