今野教授の生活-10

(第十部:宮本武蔵のハンドスピナーと霞ヶ浦の巌流島【シーズン1最終回】)

第一章:剣豪の指先と十種神宝

「佐藤くん! 巌流島の決闘の刻は近い! この回転が止まる前に、武蔵の真の精神世界へダイブするのだ!」

三月下旬。風が吹き荒れる茨城県・霞ヶ浦の湖畔にて。 第三歴史学研究室の今野教授は、右足に下駄、左足にボウリングシューズという初期装備に立ち返り、拾い物の「サビだらけのハンドスピナー(ゼロ円)」をシャーッ! と猛烈な勢いで回していた。

「……教授。指先でコマを回しながら武蔵の精神世界とか言われても、ただの手持ち無沙汰なおじさんにしか見えないんですけど」
助手の佐藤は、特売の草餅を喉に詰まらせそうになりながら突っ込んだ。

「甘い! 佐藤くん、君はこれまでの私の偉大な研究の軌跡を忘れたのか!」
今野教授は足元の巨大なリュックサックを蹴り開けた。中から溢れ出したのは、これまで彼が数千円の自腹で集めてきた「歴史的(?)ガラクタ」の数々である。

「五百円の蕎麦屋のツケ! マルマンの龍馬の手紙! 新選組のポイントカード! 聖徳太子のクリップボード! 紫式部のピトピト糊! 千利休のプロテインシェイカー! 卑弥呼のレンジ対応タッパー! 松尾芭蕉のボタン電池万歩計! 恐竜雑誌の北斎3Dメガネ! そしてこの、武蔵のハンドスピナー!」

教授は両手を広げ、霞ヶ浦の空に向かって叫んだ。 「これぞ、我が研究室が誇る『今野の十種神宝(とくさのかんどから)』! 今日、この霞ヶ浦(仮の巌流島)で、これらすべての時代の霊力を結集させ、究極の歴史的真理を証明するのだ!」

「ただの不法投棄物の展示会ですよ! 警察呼ばれますって!」

第二章:霞ヶ浦の決闘

「よし、佐藤くん! 総決算の実証実験だ! 君は佐々木小次郎となり、私に挑んでこい!」

佐藤は泣きそうになりながら、名刀「物干し竿」の代わりに、霞ヶ浦名産の「泥付きの巨大レンコン」を持たされていた。一方の今野教授は、頭に安全ヘルメットを被り、北斎の3Dメガネを掛け、左手に聖徳太子の回覧板、右手にハンドスピナーという、全時代をミックスした完全なる狂人スタイルである。

「さあ来い、小次郎! このハンドスピナーの回転力で、貴様のレンコンなど粉微塵にしてくれるわ!」 「嫌だ! 泥が飛ぶし、レンコンは後で天ぷらにして食べるんですからね!」

佐藤がヤケクソでレンコンを振り上げた、まさにその時だった。

「ウゥゥ……ワンッ!!」

突如、湖畔の茂みから一匹の巨大な野良犬が飛び出してきた。

「な、なんだ!?」
「教授! あの犬、第一回で教授が言ってた『ふんどし泥棒の野良犬』にそっくりですよ!」

野良犬の目は、今野教授のリュックから転がり落ちた「千利休のプロテインシェイカー」に釘付けになっていた。どうやら、中に入ったまま放置されていた大豆の粉(ソイプロテイン)の匂いに惹かれたらしい。

「いかん! それは戦国マッスル茶の湯の神器だ!」
今野教授が慌てて飛びつこうとした瞬間、決闘の火蓋ならぬ、大惨事の連鎖が幕を開けた。

第三章:奇跡(?)のピタゴラスイッチ

野良犬がシェイカーをくわえて走り出そうとし、今野教授の左足(ボウリングシューズ)がツルッと滑った。

宙を舞った教授の体から「卑弥呼のタッパー」がすっぽ抜け、犬の鼻先にクリーンヒット。驚いた犬がシェイカーを放り投げ、それが佐藤の持っていた「巨大レンコン」に激突。 弾け飛んだレンコンが「聖徳太子の回覧板」のバネに挟まり、その反動で「紫式部のスティックのり(フタが開いている)」がロケットのように発射された。

「あああっ! 私の十種神宝が!」

空を飛んだスティックのりは、あろうことか「マルマンの龍馬の手紙」と「新選組のポイントカード」、「五百円の蕎麦屋のツケ」を見事に空中でキャッチ(接着)し、そのまま風に乗って、後方で呆然と立ち尽くしていた人物の顔面に『ピトッ』と張り付いた。

「……ッ!!」

顔面にゴミの集合体を張り付けられたその人物——様子を見に来ていた隣の研究室のエリート、西園寺教授は、イタリア製のスーツをプロテインの粉で真っ白に染められ、ピクリとも動かなくなった。

第四章:歴史は統合される

「あ……」 佐藤は手の中の折れたレンコンを見つめ、己の人生の終わりを悟った。

西園寺教授は、顔に張り付いた「龍馬・新選組・蕎麦屋の三種混合ペーパー」をゆっくりと剥がした。
常に完璧で冷酷なエリートの顔面が、怒りを超えた『完全なる無』に包まれている。

「……今野くん」
地獄の底から響くような声だった。

しかし、当の今野教授は、泥だらけで立ち上がりながら、なぜか西園寺の足元を指差して歓喜の声を上げた。

「見たまえ、佐藤くん! 西園寺くん! 奇跡だ!」

西園寺の足元には、先ほどの連鎖衝突で弾け飛んだ「松尾芭蕉の万歩計」が落ちていた。 その衝撃で液晶画面がバグり、デジタルの数字が『710(なんと立派な平城京)』から『794(鳴くよウグイス平安京)』、そして『1192(いい国作ろう鎌倉幕府)』へと、凄まじい勢いで日本の年号をカウントアップし続けていたのだ。

「これぞ! すべての時代を超越した歴史のタイムマシン! 私の理論は正しかったのだ!! ハンドスピナーの回転力が、時空の歪みを生み出したのだァァァ!」

今野教授は、安全ヘルメットと3Dメガネを輝かせながら、霞ヶ浦の風に向かって高笑いした。

「……警察を呼べ。いや、その前に救急車……いや、保健所か……?」
西園寺教授は額を押さえ、エリート人生で初めて、その場に力なくへたり込んだ。

結末:そして旅は続く

夕暮れの霞ヶ浦。 警察の事情聴取(不法投棄と迷惑防止条例違反の疑い)をなんとか逃れ、ボロボロになった第三歴史学研究室の二人は、湖畔のベンチで折れたレンコンをかじっていた。

「……佐藤くん」
「なんですか、教授。もう僕、来週から実家の農業継ごうか本気で迷ってるんですけど」

今野教授は、泥だらけの「武蔵のハンドスピナー」を大事そうにポケットにしまい込み、ニヤリと笑った。

「歴史というのは、やはり点ではなく、線で繋がっているんだな。今日、すべての時代が一つに結びつく瞬間を、我々は確かに目撃した」
「ただの偶然のゴミの連鎖衝突です。西園寺先生、たぶん明日から大学休むと思いますよ」

「フッ……彼には少し刺激が強すぎたようだな」
今野教授は遠くを見つめ、立ち上がった。右足の下駄がカラン、と鳴る。

「さて、佐藤くん! 次のフィールドワークの準備だ! 実はさっき、交番の裏のゴミ箱で、とんでもないものを拾ってしまってね。タダだぞ」

「……もうやだ。今度はなんですか」

今野教授が取り出したのは、ボロボロになった「黒いプラスチック製のリモコン」だった。 ご丁寧に『エアコン・テレビ共用』と書かれている。

「見たまえ! これこそ真の世紀の大発見だ! 『ペリーが黒船を遠隔操作していた、幕末の黒船用リモコン』だ!! ほら、ここに『冷房』『暖房』とある! つまり開国か鎖国かを、このボタンで温度調節していたのだ!」

佐藤は、大きく、深く、霞ヶ浦の風を胸いっぱいに吸い込んだ。

「教授!! それ持って、今すぐ黒船に乗ってアメリカまで泳いでいってください!!」

愛すべき三流歴史学者・今野教授と、不憫な助手・佐藤の果てしない歴史探求(という名のガラクタ集め)は、シーズンを越えても、永遠に終わることはないのである。

【シーズン1・完】