時の音 -13

水月は地下室の時計を指差した。時計の文字盤は、相変わらず激しくカチカチと音を立て、鈍く輝いている。
「未来のあなたは、27年前の過去に送られた。そして、そこで過去の私と出会い、恋に落ち、この時計の守り人となった。」
達也は、混乱しながらも一つの事実に辿り着いた。あの写真に写っていた50歳くらいの男――自分にそっくりな男は、過去に送られた、未来の自分自身であり、水月の夫、そして時計の守り人だったのだ。

「じゃあ、この骨董屋の店主は?」大山が口を挟んだ。
「彼は、私の父。未来のあなたと共に、この時計を守ってきた。彼は、あなたが最初に店に来たとき、あなたの中に未来の夫の面影を見て、混乱した。」
達也は、自分が何度も原点に戻された理由を完全に理解した。彼は、未来の自分が残した歴史そのものを、破壊しようとしていたのだ。

「このループを破るにはどうすればいい」達也は、震える声で尋ねた。「俺は、未来の俺を過去に送らせるわけにはいかない」
水月は首を振った。「あなたが今いる時間は、未来のあなたが過去へ送られるための準備期間だから。あなたが何度も原点に戻されたのは、あなたが『キーを挿す』という、誤った行動を取ったからよ」
彼女は、開かれたノートのページを指差した。
「…時を戻すには、『失われた愛の証』が必要となる」
「あの時、キーを挿す代わりに、あなたに必要なのはこれだった」水月は、自分が持っている写真立ての裏板を、達也の手に持たせようとした。

「二枚の板が、二つの時代に分断された一人の人間の愛を結びつける。あなたが、この二枚の板を時計の蓋として使えば、時計はあなたの強い愛の記憶を燃料に、未来への流れを再開する」
達也は、自分の持つ板と、水月の板を重ねて持った。二枚の板は、驚くほどぴったりと重なり合った。それは、過去の自分と、未来の自分が、この愛によって繋がっていることを示しているようだった。

「待てよ」大山が、急に声を上げた。「もし、未来の達也が過去に送られたのだとすると、彼は未来を変えてしまったんじゃないのか? お前が今、ここにいるのは、その改変された未来じゃないのか?」

水月は、達也と大山を同時に見て、穏やかに答えた。
「その通りよ。この世界は、未来のあなたが守り人となったことで、わずかに改変された未来。しかし、未来のあなたが過去へ送られるという運命は、時の流れの歪みとして、何度でも繰り返される」
彼女は、達也の目を見た。「あなたにしか、できないことがある。あなたが、未来のあなたの残した愛の証を使って、この時計を正しく起動させること。そうすれば、未来のあなたが残した歴史は守られ、あなたはあなた自身の未来へと進める」

達也は、手元の二枚の木の板を、ゆっくりと時計の木箱に近づけた。
「蛇口の、水の流れを、見よ……!」
達也は、あの時、店主の叫びの意味を理解した。トリックの水の流れが循環しているように、達也の運命も循環していた。この愛の証こそが、その循環を断ち切り、時間の流れを正しい方向へ進ませる、真の鍵なのだ。

達也が二枚の木の板を、時計の木箱の割れた部分に蓋として押し当てた。
その瞬間、地下室全体に雷鳴のような轟音が響き渡り、時計の文字盤から、虹色の光が溢れ出した。光は、達也と大山を包み込み、地下室の壁に描かれた古びた文字を浮かび上がらせた。
「愛は、時の流れを繋ぐ」
光が最高潮に達し、達也の視界は真っ白に染まった。