時の音 -5

「お、おい、達也!」
達也が次に意識を取り戻したのは、自分がオフィスのデスクの椅子に座っている時だった。
周囲は静まり返っている。キーボードのざわめきもない。窓の外は、ついさっきまで夕焼けだったはずなのに、強烈な日差しが降り注いでいる。
「……昼休み?」
達也は混乱しながらパソコンの画面を見た。ロック状態ではない。画面の隅に表示された時刻を見て、心臓が跳ね上がった。

【日付:今日の日付から10日前、時刻:12:00】
達也が骨董屋を最初に訪れ、店主に会う前、あの日の時刻に戻っていたのだ。
そして、デスクの横に置かれたマグカップからは、湯気が立ち上る淹れたてのブラックコーヒーの香りが漂っていた。達也は、あの時のコーヒーは地震の後に飲んだはずだ、と戸惑う。
その時、太い大きな声が聞こえた。
「疲れているのか」
上を見上げると、そこには同僚の大山が立っていた。達也は、自分が眠っていて、大山に声をかけられた、あの瞬間に戻っていることを悟った。
達也は、思わず大山の腕を掴んだ。
「大山、骨董屋の時計、あれは本物だったんだ!」
達也のただならぬ様子に、大山は怪訝な顔をした。
「なんだよ、達也。まだ昼寝の夢でも見てるのか? 骨董屋の時計? コーヒーでも飲みに行こうか」
大山には、骨董屋に行ったこと、地震があったこと、写真を見たこと、全てが記憶にない。
達也は、この世界で自分だけが、未来の記憶を持っていることに気づいた。そして、自分の手の中に、真鍮製のキーが握られていないことにも。
「時の音」は、達也を過去へ導いたのだろうか。達也は、混乱しながらも、あの時計の秘密、そして写真の男が誰なのかについて考えた。
まずは、もう一度骨董屋へ行く必要がある。そして、あの店主に会わなければ。


達也は、目の前にいる大山に、平静を装って言った。
「ああ、コーヒーでも飲もう。」