時の音 -7

東京の静かな街角、緑色の屋根の「時の音」。

達也が店の前まで来たとき、ショーウインドウの水道管のない蛇口は、前回と同じように、水が勢いよく流れ落ちていた。

「いらしゃいませ」
達也が店に入ると、店主は前回と同じように、部屋の隅にある古びた置き時計を見つめていた。達也は既視感のある光景に、タイムトラベルの確証から、ごくりと喉を鳴らした。

「この時計はどうやって動いているか分かりますか」店主が言った。
「ゼンマイでも、電池でもない」達也は、前回とは違う言葉を返した。
「木箱の中は空っぽだと知っています。この時計は、時間そのもので動いている」
達也の返答に、店主は初めて目を丸くした。老人の顔に、驚きの色が浮かんだ。
「ほう……。面白いことを言う。どうしてそう思うのかね」
「仕組みは、私も分かりません」達也は前回、店主が口にした言葉をそのまま返した。

「しかし、これはトリックではない。先祖から受け継いでいる本物だ」
店主はしばらく黙って達也を見つめた。その沈黙は前回よりも長く、重いものだった。
やがて、店主は静かに言った。「そうか……、あなたに見せたのは、やはり間違いではなかったようだ」
店主は時計を傾け、前回と同じように蓋を開いた。「見てもいいですよ」
達也は、前回と同じように中を覗き込むふりをした。しかし、彼の目的は中身を見ることではない。彼は、店主が前回気が付かなかったキーの場所、そして時計の鍵穴を同時に確認することに集中した。

達也は、さりげなく奥の棚に目をやった。木箱は、棚の上に鎮座している。
「あの……」達也は言葉を選んだ。
「この店、地震対策は大丈夫ですか」
「地震?」店主は不審そうな顔をした。「大きな地震は、最近は起きていないが」
「いえ、なんとなく。この年代物の品々が傷ついたら、大変だと思いまして」達也は、これから起こる未来の出来事について、店主に警告をすることしかできない。
店主は、「心配性だね」と微笑んだが、達也の真剣な表情に何かを感じたのか、店の様子を改めて確認した。

店主が置き時計から目を離した瞬間、達也は意を決して、時計の前に置いてあった椅子を軽く蹴った。
ガンッ!
椅子は思いの他大きな音を立てて倒れ、机に衝突した。
「ああ、申し訳ありません!」達也は謝罪するふりをして、時計を抱きかかえるように持ち上げた。
店主は驚いて立ち上がった。「なにをする!」
「す、すみません。危ないと思って……」達也はそう言いながら、時計の裏側を自分の顔に向けた。
前回達也がキーを差し込んだ小さな鍵穴が、裏側の木目に埋め込まれていることを、達也は確認した。

時計を元に戻した直後、店主は達也から一歩離れ、疑いの目で見つめた。
「どうやら、あなたはただのお客ではないようだ。さっきから私に見せるその態度は、まるでこの時計の秘密を知っているかのようだ」
店主は、前回とは違う、警戒に満ちた表情をしていた。
達也は、もう引き返せないことを悟った。彼は真実を突きつけなければならない。

「知っています。あなたの先祖、そして、写真に写っていた私にそっくりな男のことを」
達也の口から「写真」という言葉が出た瞬間、店主の顔から血の気が引いた。彼は店内の写真が飾られている場所を、無意識に見つめた。そこには、まだ写真を収められた額が、しっかりと飾られている。
「なぜ、それを……」店主は震える声で尋ねた。
達也は答える代わりに、奥の棚に視線を向けた。そして、前回キーが入っていた、あの小さな木箱を指さした。
「あの木箱の中に、真鍮製のキーが入っているはずです。それが、この時計の鍵です」
達也の言葉に、店主は一歩、また一歩と後ずさり、やがて恐怖と困惑に満ちた目で達也を見据えた。
「まさか、あなたは……。あの時計が過去へ送った未来の人間なのか……?」
その時、カチ、カチ、カチ、という時計の音が、前回よりもずっと速く、そして激しくなり始めた。時計の文字盤が、鈍い光を放ち始めている。
達也の体は、前回と同じ強い目眩に襲われ始めた。
「待ってください!まだ、キーを……!」達也は奥の棚に向かって手を伸ばすが、体が麻痺したように動かない。
店主は、恐怖に顔を歪ませながら、時計に向かって叫んだ。
「まだだ!まだこの者を戻すな!この者がまだ、時の流れを乱すような行動をとってはならん!」
しかし、時を司る機械は、二人の意思に関係なく作動し始めた。達也の視界は白く霞み、空間がねじれていく。
達也の意識が途切れる寸前、店主の口が動くのが見えた。
「蛇口の、水の流れを、見よ……!」
そして、達也は再び、強烈な時間の流れに呑み込まれた。