第22章:簒奪者の終焉
ホワイトハウス地下、大統領執務室。 「神の聖域」であったはずのこの部屋は、今や崩壊したシステムの火花と、絶え間なく鳴り響く警告音に支配されていた。
「嘘だ……こんなことが……俺の完璧な計画が……!」
長友は床に這いつくばり、狂ったようにモニターを掻き毟った。しかし、画面に映し出されるのは、彼を崇拝していた群衆が「裏切り者!」と叫びながら、各地の政府施設を襲撃する暴動のライブ映像ばかりだ。 彼が作り上げた「完璧な救世主」の虚像は、間宮が世界中にばら撒いた「真実」という劇薬によって、ドロドロに溶け出していた。
間宮は、激しい息を吐きながら、倒れた長友の前に立った。 左腕の傷からは再び血が滲み、全身の火傷が脈打つように痛む。だが、その瞳には、長友が持っていた冷たい観察眼とは対照的な、生の執念が宿っていた。
「……長友、お前の負けだ。糸の切れた操り人形は、もう二度とお前の言葉には踊らない」
「黙れ! 自由だと? カオスだと!? 見ろ、あの画面を!」
長友は、血走った目で暴動の映像を指差した。
「俺がいなければ、人類はこうして殺し合うだけだ! 秩序なき自由など、ただの地獄だ! 俺は、人類を救おうとしてやったんだ! 特権階級(ペンタグラム)よりも、もっと効率的に、もっと残酷にな!」
長友は、狂気の中で歪んだ笑みを浮かべ、懐から小型の起爆スイッチを取り出した。
「……俺のバイタルが停止すれば、世界中の核サイロが自動で解放されるようプログラムしてある。俺が王でいられない世界など、灰になればいい!」
「……そうさせると思ったか?」 背後で、カラスが冷たく言い放った。 彼は、破壊されたコンソールの影で、血まみれの端末を高速で叩いていた。
「あんたのAI、トリムだっけか? そいつ、さっきの空間跳躍のショックでシステムが分離(セパレート)した瞬間に、俺が『不確実性ノイズ』を直接流し込んでやったよ。今ごろ、あんたの殺戮プログラムを自分自身の論理矛盾(パラドックス)で削除してる最中だ」
『……承認。核発射シーケンス、大統領権限を剥奪。……長友さん、さようなら』
トリムの合成音声が、虚しく室内に響き、システムは完全にブラックアウトした。
長友は、手の中のスイッチがただのプラスチックの塊に変わったことを悟り、絶望的な咆哮を上げた。
「間宮ァッ!! なぜだ! なぜお前は、神の座を捨ててまで、こんな汚い泥水のような世界を選んだ!」
間宮は、ゆっくりと長友の襟首を掴み、その顔を近づけた。
「……俺も昔、火星で同じことを考えた。だが、完璧な世界には、一つだけ足りないものがあった」
間宮の声は、静かに、しかし長友の魂を刺すように重かった。
「それは、明日が変わるかもしれないという『希望』だ。……間違いを犯し、傷つき、それでも立ち上がろうとする不器用な意志だ。お前が奪おうとしたのは、その一番貴く、美しい力だ」
間宮は長友を突き放した。 もはや、この男を殺す必要すらなかった。神の座を奪った簒奪者は、今や世界中から憎まれ、歴史にその汚名を刻まれる「ただの犯罪者」にすぎない。
「……連れて行け。これからは、人間として裁きを受けろ」
部屋に、造反した軍の特殊部隊がなだれ込んできた。彼らは、かつて自分たちを駒として扱った長友を、一切の敬意を欠いた動作で拘束し、引きずっていく。
「離せ! 俺を誰だと思っている! 俺は王だ! この世界の観察者だぞ!!」
長友の惨めな叫び声が廊下に消えていく。 その声を聞きながら、間宮は力なく膝をついた。
「……終わったな、おっさん」
カラスが、安堵と疲労の混じった声で言った。
「……ああ。……だが、これからが本当のカオスだ」
間宮は、窓の外を見上げた。 ワシントンD.C.の空には、夜明けの光が差し始めていた。 ペンタグラムの支配もなく、長友の虚偽もない。 ただ、予測不能な、しかし自分たちの手で選ぶことのできる、新しい一日が始まろうとしていた。
間宮は、左腕の痛みを感じながら、深く息を吸い込んだ。 血の匂いと、朝の冷たい空気。 彼は、初めて自分が「地球の人間」として生きていることを実感していた。

